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セッションの修復力について考える(2)

前回の続き。

これまでの白河堂さんのコラムやblogを読んで、わたしは「きっとキャラクタープレイが出来る人なんだろうなあ」という印象を持っていました。現状のセッションに満足している人からは「守破離」なんて言葉はちょっと出てきませんし、馬場理論の帰結からすれば「良くデザインされたゲームは完成度が高い。ゆえにPLがいらぬ手を出して完成度を下げるようなリスクは避けるべきだ」とわたしは理解していますから。

そのため、白河堂さんがたびたび「ゲームであること」を強調する理由・立場がよく解らなかったのですが、今回の記事で少しだけ納得できました。


>「管理しきれないものを提案されたら、(中略)却下せざるを得ません。それは、ルーラーの、プレイヤー全員に対する義務です。」
>「ルーラーを試す、という観点」
など、白河堂さんの指摘する問題点は、むしろ
>「自分達にしか遊べないゲームを作っていく。」
という白河堂さんのもとめる姿勢にも合致するところの、
みずのさんの意気込みの表れであろう、とわたしには思えます。

みずのさんの行動を例えるならば、イルカ知性体というリドルを、ゲーム目標として出したようなものです。リドルの難易度については、高いところから低くしていく、という流れしか採りえません。答えは1つ、という暗黙の前提があるんですから。

「ベテランRLの信条や力量を測ろう」という発言は、GMに対して礼儀正しい行動です。「この難易度を出したのは、あなたの能力を高く評価しているから、あなたとなら出来そうだという予感がしたからです」というアプローチなのです。



「信頼関係を前提にボードを拡張する」のは、普通の人間関係のリアリティからすれば、納得のいくやり方です。

ただですね、リアリティを基準にしては「お話にならない」んですよ。困難を前にして「無理無理。身の丈に合った冒険だけしようぜ」なんて態度をとるようじゃ、サイバーパンクになりはしません。



多様性Bを収拾するゲーム外の方法論として準備したのが、セッションモデル「地天泰」なのだろう、とわたしは理解しています。

理由のないGM権限による却下は、多様性Bをいっさい認めない、というそれだけの態度ではないでしょうか。GMの管理能力をいいわけに新しい提案を否決していたら、「クリエイティブなボードゲーム、自分達にしか作りえないボードゲーム」の域にはいつまでたっても着きませんよ。

各自の管理能力の枠内でセッションを安定させようとすれば、縮小再生産の道しかないでしょう。(もちろん、セッション外で能力を広げるのは有効な手段ですけどね。)


「クリエイティブなボードゲーム」を目指すならば、
PLの枠をGMが広げ、GMの枠をPLが広げる、という形が理想形です。
能力がたりないならば、他の参加者から借りましょうよ。
「GMの義務」なんてちっぽけなものは、
セッションで乗り越えられるためにあるものです。

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キャラクタープレイと多様性B

 多様性Bとは、回転翼氏のコラム「絡まりあう多様性─乖離をうがつもの」で言及され

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