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Fateネタバレ感想(11) -セイバールート その9-

今回もFate関連の更新です。
復活からこちら文章が荒れてますが、ご容赦下さい。余裕ができたら少しずつ修正していきます。

前回までの流れ
 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想
  序論 (0) (1) (2)
  セイバールート (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)

前回では、現実の物語形式の歴史を大雑把に説明し、続いてセイバーと士郎との関係にメタフィクションの要素があることとの関連、転じてTYPE-MOONの立ち位置との関連について、特に文章量の都合から簡単にまとめました。
今回はそれらをもう少し具体的にし、Fateとの対応も入れながら説明していきます。


まずは「英雄譚」です。
後に他ジャンルが生まれる元となった、すなわち多くの批判を受けたジャンルでもありますが、
その物語構造はあまり変化することなく、恋愛譚や成長譚に引き継がれています。
ぶっちゃけますと、英雄譚の首をすげ替えるだけで、恋愛譚や成長譚の体裁が整ってしまうんです。

例えば、英雄譚には「王殺し=旧王の殺害・新王の即位≒王の交替」というモチーフがあります。
中国にはこのモチーフそのものの易姓革命思想があり、『十八史略』『史記』『三国志演義』『水滸伝』などに見られます。
Fateでは言うまでもなく、ギルガメッシュとセイバー、二人の王の対決が王殺しのモチーフに当たりますね。

これを少しいじって「旧王=貴族制、新王=民主制」とすれば、近代革命に早代わり、
「旧王=男性中心的な近代社会、新王=男女同権の理想社会」とすれば、フェミニズムに。
「旧王=これまでの自分、新王=これからの自分」とすれば、成長譚になるのです。
 (関連:仲俣暁生「「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか」

さて、批判の対象となりやすい(=悪役のイメージの強い)英雄譚ですが、思想的には本当になんの価値もないのでしょうか。
セイバールートには一面で、こうした問いとその答えが描かれています。

半ば答えとも言うべきそのヒントは、英雄譚のモチーフの筆頭とも言うべき「英雄の死」にあります。「Fate」を辞書で引いたことがある人は「運命、悲運、非業の死」などの説明を目にしているはずです。

騎士道ロマンのモチーフには、忠誠を誓った貴婦人の気まぐれやワガママからくる理不尽な願いを叶えるために、多くの騎士が苦難の旅にでます。また「hollow」で語られるランサーのように、他愛のない口約束を守るために苦境に落ちることもよくあります。あるいは、源義経やソクラテスのように味方側から疑念をかけられて反逆することなく自決する、といった例も。

騎士道物語のなかで「名誉と誇り」として語られるこれらは、名誉感情の希薄化した現代においては「信用と責任」と表現するほうがより近いニュアンスとして伝わるように思います。

死の身近な時代、長期的な信用のない時代だからこそ、
どんな約束も区別なく厳しく守らねばならなかったのでしょうか。
約束を破ることは過去と未来の信用をいっさい失うような、
本人のみならず家族や一族などに不名誉が及ぶような、
そうしたレベルの厳しい扱いを思わせます。


騎士道の価値観の推量から、セイバールートに話を戻しましょう。
英雄は不名誉な生よりも「名誉ある死」を選ぶ、そのことの意味は上に記しました。

ここで、セイバーが別れを選んだ理由を、前々回よりもう1度整理してみます。

1、イングランドの王としてのセイバー
 王の誓いを守りつづけ結果的に領民が失われたことを、肯定するようになった。そのため、聖杯で叶える願いがなくなった。

2、サーヴァントとしてのセイバー
 saverとして士郎が成長し、聖杯戦争における「騎士」の領分を超えてセイバーは士郎を否定した。後にそのことで士郎が正しかったと納得したセイバーは、その過ちを正したいと感じている。

3、近代ロマンスと相性の悪い価値観の時代を生きた、個人としてのセイバー
 セイバーは、恋愛感情がsaverたろうとする理想と矛盾することを感じていた。セイバーより先に士郎が理想を踏み外しかけ、そのタイミングでギルガメッシュが登場したことが決定的だった。

この3番について、新たにメタフィクションとしての視点からみた理由をつけ加えてみます。

4、キャラクターのアイデンティティにおける、英雄幻想としての純度と恋愛幻想としての純度

騎士道ロマンと近代ロマンス、それぞれがジャンルとして洗練された(=純度が高まった)後では、両者の融合を試みても逆に齟齬が目立ってしまいます。とりわけ、近代ロマンスにはジャンル派生の経緯からして「反・騎士道ロマン」の要素が強いためです。

そのため、セイバーの内面の中核を英雄幻想(=saverになる理想)と設定しているところへ恋愛幻想(=女の魅力)を増やそうとすれば英雄幻想が薄れざるを得ません。

つまり、作家側からすれば「無駄な設定が多く、エピソードとして動機を消化しきれない」、読者側からすれば「同一人物としての継続性が弱く、これでは別人としか思えない」、こうした人物造形上の危険が高まることになります。

作劇レベルにおけるこうした葛藤を、作品世界ギミックとして取り込んだのが「サーヴァントの魔力の枯渇」という設定です。
次回は、この設定について見ていくと共に、エロゲにおけるシナリオとエロとの結びつきの弱さの問題に対するセイバールートのアプローチも論じるつもりです。

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牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
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     TRPG(プレイング技術の提案)
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