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Fateネタバレ感想(6) -セイバールート その4-

最近は忙しく、しばらく更新できずにいました。
hollowの解釈を進めるうちに評価が最初よりも上がってきたので、「hollowで使われた言葉を使って書くべきか」など、迷うところもあったりなかったり。

前回までの流れ
 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想
  序論 (0) (1) (2)
  セイバールート (3) (4) (5)

 前回書いたように、セイバーと士郎はどちらも「英雄」の長所・短所を併せ持っています。ここでわたしが取り上げたいのは「よく似た2人が一緒にいるということが、当の2人にどんな影響を及ぼすのか」ということです。そのために、いちど終盤の展開を追ってみて、改めて中盤に遡り、シナリオの流れを問い直すことにします。


 セイバールート詳細解釈、終盤その1。

 終盤は、十三日目・キャスター襲来からエンディングまでです。
 この終盤のキーとなる、8人目のサーヴァント・ギルガメッシュ。今回は、この「英雄王に対し、セイバーと士郎がどんな態度で臨んだのか」に焦点を合わせてみましょう。


 十四日目のデート、橋上の決闘、そして少しの歩み寄り。そして夜の公園での対決。

 まずセイバーは「王」という軸で敗北します。
 セイバーの二つ名は「騎士王」。「善なる騎士――主の下僕」と「善なる王――領民を守る者」の2つの要素を示す名前。
 ギルガメッシュの二つ名は「英雄王」。こちらは少し説明が必要なのですが、「善なる王――快楽を与える者」「悪なる王――苦痛を与える者」の2つの要素を示す名前。

 一方、士郎は「(恋愛における)与える男」という軸で敗北します。


 なぜ、ここで2人がそれぞれ敗北したのか。
 それは、ギルガメッシュの最も得意とする「(自分勝手さである)エゴ」で挑んだからに他なりません。「他人を救う」ために努力し続けている2人が手にしたエゴは付け焼き刃のようなもので、ギルガメッシュの筋金入りのエゴには敵いません。それは、「こんな在り方は、"私の願い=わたしのなりたいカタチ"ではない。(=これは"本物"ではない)」「この在り方においては、ギルガメッシュの方が徹底している(=あれは"本物"だ)」とセイバーも士郎も内心で思っているからなのです。

 この敗北を経て死にかかっている互いを目にし、そこで哄笑しているギルガメッシュを目にすることで、セイバーと士郎は「他人のために」という理想に戻ることが出来ます。この時点ではまだ言語化されないものの、再度投影したカリバーンがギルガメッシュのメロダックに打ち克つ理由は、一度「これは偽物だ」と思った理想を再び「これは本物だ」と確信することが出来るようになったからでしょう。


 これより後の展開は、大抵の方は理解しているはずですし、よそのレビューにも書いてあります。士郎とセイバーとの別れ。柳洞寺での決戦。教会地下での言峰の問い。シナリオをEDから逆に辿れば、最後の問いは見やすいものです。

 しかし、シナリオにはその決戦の前がありまして、その前段階にこの十四日目のギルガメッシュ戦での「エゴにおける敗北」があります。


 では「他人のために」を貫いていたはずの2人が、なぜ「エゴ」という対立軸で傷つけあわねばならなかったのでしょうか。

 その理由を、2つあるとわたしは考えます。
 1つは「士郎とセイバー、2人のsaver(=英雄)が同じ場所にいること」、もう1つは「士郎が成長したこと」です。


 今回の文章の最初に、わたしは「よく似た2人が一緒にいるということが、当の2人にどんな影響を及ぼすのか」を取り上げたい、と言いました。
 実のところ、これはセイバールートに限ったことではありません。凛ルート、桜ルートでも語られ、Fateの構造全体に通じるトピックです。

 今回の最後の質問と回答を例にとって、次回ではこのトピックを取り上げるつもりです。

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  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
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