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Fateネタバレ感想(2) -序論 その3-

 前回、気合入れて更新する、と言ったばかりなのですが、正直に言って今回は難産でした。構造を言葉にする、というのはなかなかに難しいですね。


 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想 (0) (1)


 英雄と反英雄は、それぞれの神話世界においては、物語における主役と敵役という位置付けにあります。

 例えば、英雄ペルセウスは鏡の盾によって石化の呪いを防ぎ、ハルペーでメデューサの首をはね、その血から生まれたペガサスを得ました。
(参考:Wikiより メデューサ,ペガソス,ベレロポン)

 主役と敵役は、対比されることでその違いが鮮やかに浮かび上がります。それも、「あれもこれも、何もかも違う」相手とではそもそも話がかみ合わず、決定的な対立にまで至りません。共通点が多いにもかかわらず「最も大事な部分」で対立するときに、その鮮やかさが際立つのです。

 ではその場面において、プレイヤー(聞き手、読み手)が主役よりも敵役に惹かれたとしたら、どうなるのか。そのとき、敵役は主役に、主役は敵役にと物語世界が反転することになります。

 このような相対主義によって焦点があてられるのは、「どちらの価値を勝ちとするか」よりも「この対立軸を作っている思考の枠組みはなんなのか」というフレームそのものです。



 ここで少し視点を変えまして。
 わたしには「桜ルート=全体結論説」に1つの引っ掛かりがあって、ずっと納得がいきませんでした。その引っ掛かりとは、「桜ルートではセイバーを助けられない」ということです。

 このことに何かの意味があるのでは、とずっと考えていたときに、ふと上記の思考が浮かんで、

  セイバーと桜は、対比される関係になっている。
  そのために、同時に助けることが出来ない。

 という構造になっているのでは、という確信が持てました。
 そこから、セイバーと桜との対立軸を想定してみると、ライダーとの宝具対決、セイバーのクラススキル『騎乗』、といった要素が連想されます。これらをまとめるならば、わたしはこう表現します。


  セイバーは汚れなき英雄であり、
  桜はケガレにまみれた反英雄である。



 更にいえば、凛は魔術師であり、他の2人とは少し異なる位置にあるわけですが、その証明は凛ルートに回すことにしましょう。

 次回はセイバールート、以降各ルートを詳細に見ていきます。

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