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リプレイはなぜ恥ずかしいのか?

氷川さんのサイトの17日の研究日誌を受けて。

わたしも京極夏彦が好きなのですが、TRPG者としては

>「『秘密』の共有こそが共同体を成り立たせている」
>と捉えるのは新鮮でした。

とのコメントに反応してしまいまして。


本当はちゃんとまとめてどこかに投稿する予定なんですが、
ここで簡単に公開。

そもそも、サークルではなくて、TRPGセッションそのものに
「卓を同じくする面々が、クエストの解決などを通して
 より親しい(一面で私的な)関係を育てていく作業」
という一面があるのではないでしょうか。

セッションは、参加者だけに閉じられた物語であり、
キャンペーンは、より濃いコミュニケーションと物語とを生みます。
その2つは、PC間よりむしろPL間でこそ生まれてくるものです。
言葉だけでは表せないもの、伝えられない関係性こそが
キャンペーンで実感させられるTRPGの魅力の1つです。

TRPGのプレイヤーがリプレイに感じるつまらなさ、恥ずかしさとは、
見ず知らずの他人の恋愛話(ノロケ話)を聞くような恥ずかしさがある、
そんな感触がわたしには感じられます。
オフィシャルなリプレイでは勿論、そういった色は薄いのですが、
あちこちで公開されているリプレイには、それはもう、ってくらいに。

あるいは、リプレイに限らず、
セッションにおいてこうした恋愛じみた含みが苦手な人たちは、
「男だけで集まってバカをやる方が楽しいんだ」と言ったり
「男も女も関係ないよ」と恋愛要素を回避したりします。
ですがこれも、パーティを「友達・仲間・擬似家族」と見ているだけで
関係性の構築を目指すという点においては、同じ構造なのです。

リプレイの恥ずかしさとは、
上で示したように一面では根源的なのだと思います。
しかし、それは本来的には公開すべきものじゃなく
参加者の胸の中だけにしまっておくものなのだ、
という先人の知恵だけは、どこかで覚えておいてほしいものです。


ここからは、主に白河堂さん向けに。

視点を変えて、リプレイを書く側の視点に立ってみます。
読みやすいリプレイ、プレイングの参考にするためのリプレイにするには、
読者を受け入れやすいような編集が必要になります。
この編集とは、「PL+GM」から「PL+GM+読者」へと
共同体の成員の変化に合わせて各人の役割分担を変更すること、
また、それまでの卓の一部を読者に委ねること、とも言えそうです。

シナリオ作成にも、同じことが言えるんじゃないでしょうか。
他メディアでは語り手(GM)が担っているところの
物語の一部、世界の一部を、ルールシステムに委ねられる。
それが、ルールシステムとGMとの役割分担、ではないかと。

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牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
    主な関心領域
     エロゲ(分析・感想)
     TRPG(プレイング技術の提案)
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