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「初心者向き」とは何か ――ソードワールドRPG批評――

久しぶりにTRPG関連の記事です。
レビューではありませんので紹介は割愛、さっそく本題に入ります。


ソードワールドRPG(以下、SW)がなぜ「初心者向き」なのか、と言いますと、
PLに要求される行動規範が、資本主義社会のそれである、という1点に尽きます。
つまりは、会社経営するゲームなのです。

「会社はパーティで、取引先はNPC。
 仕事の内容は、NPCのために冒険すること」

これだけを説明すれば、その後に専門用語が続いても、理解の度合いが違います。
初心者が説明してほしいのは「何をイメージすればいいのか」なのです。
そしてそのイメージしやすさの1点で、SWはどのRPGよりも「初心者向き」なのです。


また、モンスター経験点を小さく、クエスト経験点を大きく配分するシステムにより、
PCの社会化、ならびにパーティの継続・安定化が促されました。

冒険のスタイルとして「街からスタートして、街でゴールする」という形が確立され、
都市生活者に準じた社会層としての地位を持ったのが大きいと言えます。
ワールドガイドが、都市を中心に行われたのも適切だったと言えるでしょう。

交渉ルールの不在にもかかわらず、
シティアドベンチャーが盛んになったのには、ひとえにこの点にあります。


これと直接には関連しないのですが、システム的な欠点について2点ほど挙げます。

1つ目。
戦士の行動のバリエーションのなさ。

しばしば初心者向けのクラスとして「PLの状況判断を問われない職業」として
戦士を奨める人が多いのですが、これは間違ったアプローチです。

初心者に必要なのは、楽しさ・面白さ・やりがいがあると伝えること。
「意図がはっきりしている行為、結果のわかりやすい行為」であれば、
手順の複雑さは小さなことです。

その点で戦士は、最もやりがいのない、最もマンネリしやすいクラス、ということ。
つーか、1LVから10LVまで攻撃のオプションに全く変化がない、ってどうよ。

単発セッションならともかくも、キャンペーンでは初心者にはオススメしかねます。
むしろキャラクタープレイ・メタプレイが出来る中上級者に割り当てて、
ストーリー構築の方で凌いでもらうほかどうしようもないクラスです。

逆に、初心者に最もオススメできるクラスはプリーストです。
パーティ制のMMORPGを経験した人なら、多数が納得してくれるかと思います。


2つ目。
防御ロール(鎧によるダメージ減少)での1ゾロによる素通し。
敵によるクリティカルの表現なんでしょうけど、そこだけPCに極端に不利なんですよね。
バランスが歪といいますか、妙にストレスたまります。
防御ロールの他にも、回復魔法など防御的な(特にクリティカルなしの)判定には、
1ゾロをレーティング0点でする方がバランス取れるんじゃないかと、個人的に思います。

‥‥清松さん、戦士のこと嫌いだよなあ。間違いなく。
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Fateネタバレ感想(13) -セイバールート その11-

今回はFateのシナリオ読解には直接関連しません。
「エロゲにおけるシナリオと愛とエロ」とまあ、エロゲ史的な視点での脱線話ですので、不要な人は飛ばして下さい。

前回までの流れ
 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想
  序論 (0) (1) (2)
  セイバールート (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)


エロゲにおけるシナリオと愛とエロの3つを充たすのがなぜ難しいのか。
こうした問いはわりと昔からあると聞くのですが、
論点が整理されたものはあまり目にしたことがありません。
話題になれば、だいたいリピートされるんですが。

技術的な理由としては、
 1、エロはシナリオの牽引力(ユーザーへのご褒美)になるから、
   最後まで渋ってしまう。
 2、エロシーンとでは通常のイベントシーンに比べ
   時間のテンポ・文章のテンポが遅くなってしまうため、
   シナリオの緩急に組み込みにくい。
 3、エロを増やすにしろ、エロシーンでキャラを立てるのが難しい。
   エロ小説では、それが顕著とか。
加えて、
 4、1タイトルの攻略キャラは平均4~5人、
   1キャラ当たりの回数を増やすのは生産コストが格段に上がる。
と、高コスト・低リターンな点があるようです。

といっても、こうしたことが判ってきたのも
数々のライターさんたちが実験・挑戦してきた賜物のおかげでして。
その洗練された形がサブジャンルとして成立しています。

例えば調教SLG系は、理由2を解決しようと全てのイベントをエロシーンにしました。結局、シナリオの緩急の解決には至りませんでしたが、徹底した服従関係(自己犠牲=自分殺し=愛の極地とも言えます)を描くことに成功しています。愛とエロとを充たしているわけですね。


さて今回のネタですが、そもそもFateと全く無関係なら、
当然、Fateの記事として取り上げたりはしません。

では何を取り上げたいかというと、
「セイバーのキャラを守りながら、エロを成立させる」手段として、
「道を誤った末にエロに転び、それを間違いと正す」という理由づけを用意した、
他にそういう例がちょっと思い浮かばなかったからです。

エロゲの大部分は現代が舞台で、恋愛に馴染まないヒロインは滅多にいません。
聖職者(女教師・シスター・女騎士・巫女などなど)が出てきたら、
むしろ「堕落」のシナリオが定番ですよね。
実際、エロ同人誌とかじゃセイバー堕落ネタとか多いだろうし。


聖杯戦争に来たことが、すでに堕落していたことの証で、
そうした堕落の中でしかセイバーとのエロは有り得ない。

エロの形がシナリオに規定され、最後にエロを否定してキャラを守る。
自分たちのジャンルに対する意識の高さを、こうした場所に見ることが出来ます。


今回でセイバールートは終わりです。
次回からは、3ルートの構造解釈(いわゆる謎解き)に入る予定です。

Fateネタバレ感想(12) -セイバールート その10-

お盆の少し前に長期出張から戻りました。
自宅PCからの更新ができるようになって、ようやく人心地ついたところです。

さて、こちらに戻ったのを契機にこれまでの内容を見直したのですが、やはり「論点が多すぎる」、「1つのトピックが長すぎる」きらいがあります。今回と次回でセイバールートをまとめ終えてから、その後は3ルートの構造解釈(いわゆる謎解き)に入りたいと思います。

前回までの流れ
 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想
  序論 (0) (1) (2)
  セイバールート (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)

前回は、英雄譚のモチーフと「行動の一貫性と信用・責任」という美点を、そしてメタフィクションという表現法から「キャラ視点での葛藤=作家視点におけるキャラ造型の揺れ」に触れました。

今回は、「魔力」とは何か、セイバーに「魔力」を供給していたのは誰か、について考えることで、「魔力の枯渇」という問題の枠組みを追うことにします。


Fateではいたる所に魔力・魔術に関する説明がありますが、まず基本となるのはアーチャーの言葉です。

   これは魂食い。結界内の人間の体を溶かして、滲み出る魂を強引に集める血の要塞に他ならない。

  「……ご推察の通りだ。我々は基本的に霊体だと言っただろう。
   故に食事は第二(たましい)、ないし第三要素(せいしん)となる。
   君たちが肉を栄養とするように、サーヴァントは精神と魂を栄養とする」
           (プロローグ 三日目『当日』)



これに加え、メタフィクションの二重性から、魔力の流れに関して

 Fate世界内での「マスター → サーヴァント」
 プレイヤー世界内での「プレイヤー → (主に主人公)キャラ」

という類推ができるわけです。
ここから、「プレイヤーからキャラに向けられる精神」、例えば「セイバー萌え」とか「ギル様最高」とか、単純・複雑、好き嫌いを問わずフィクションをきっかけに生まれた気持ち、全てが魔力だと言えるのです。

またフィクション以外でも、英雄と魔力とを見ることは出来ます。
現代では現実の人間を英雄視することは一般的に忌避されているものの、
辛うじてスポーツ界などに見ることが出来ます。
先ごろのW杯や五輪の時期になると、日頃はスポーツに見向きしないマスコミが
こぞって「選手のキャラを立てる」報道をして視聴者を煽り、
「国民の期待」という正体不明の圧力で、選手を育てたり潰したりもしますね。


さて、このような「魔力」のイメージを踏まえて、「セイバーに魔力を供給していたのは誰か」に移ります。

伝説時代、アーサー王を支えていたのはイングランドの民衆であり、その戦場は日の当たる場所、名誉を賭ける場所でした。セイバーに限らず英雄は、「民衆からの期待=大源(マナ)」を自分の力に変える魔術回路を持っています。

しかし時代と空間を越えた現代、セイバーに魔力を補充してくれるはずのイングランドの民衆はいません。戦いは、人目を避けて、日の当たらない夜に行われます。
聖杯戦争では代わりに、魔術師=マスターが魔力を供給するはずであり、第四回の切嗣をはじめ、他ルートでは凛も桜もセイバーに魔力を供給しています。魔術回路があるにも関わらず、士郎には魔力を供給できない、その理由は何なのか。

ここでもまた「二人の英雄」という問題にぶつかっています。
すぐ上で書いたとおり、民衆の魔力を1人で引き受け、大きな力に変えるのが英雄です。魔力を他人に与えるのは、民衆の役割であって英雄の役割ではありません。

自ら英雄にならねば、と思う人は、誰かに英雄になってほしい、とは決して期待しません。使命を引き受けるものは、その使命を他人に押し付けない。英雄性は、ストイシズムを根拠にしています。
「両雄並び立たず」は英雄をめぐる原理からの理論的な帰結で、簡単には動かしがたいものです。


このように、二人が英雄である限り、セイバーに魔力は供給されない、という構造が「魔力枯渇」だったわけです。

十日目、エクスカリバーを使う過程で、セイバーは躊躇を振り切りました。
暗黙のうちに「イングランドの民衆の救済」よりも「目の前の士郎の救済」を選んだ、とも言えます。

十二日目。凛は、一時凌ぎの目くらましにしかならないと知りつつ、二人に「恋愛」というフレームを与えることで、魔力枯渇を回避しようとします。

十四日目。士郎は、素直にこれに従い、そしてセイバーに英雄をやめろと詰め寄りました。これは明快に、「聖杯戦争の終わり=民衆の救済」よりも「セイバーの救済」を優先しています。

これらのやましさがあるために二人は、ギルガメッシュに打ちのめされますが(→(6))、そのやましさに救われたものもあるのです。



前回とりあげた、セイバーが別れを選んだ理由について、ふたたび取り上げます。

セイバーは「王の誓い」を守る、と口にして士郎から去りますが、
それは「過去の改竄の否定」や「誇りに殉じる」だけではありません。

最終的にセイバーは、聖杯を求めたことを逃避・弱さと断じますが、
その逃避のおかげで士郎は、
セイバーと出会い、聖杯戦争に生き残り、
自分が楽しめることをすこし身につけ、10年前の陰から解き放たれて、
その後の人生へと踏み出していくのですから。

セイバーは、「士郎にとってまぶしいセイバーの姿」をも守ったのだと思います。
なぜなら、セイバーは自分よりも他人を守りたいsaverだったのですから。



次回は、エロゲにおけるシナリオと愛とエロについて、
セイバールートを材料に簡単にまとめる予定です。
プロフィール

牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
    主な関心領域
     エロゲ(分析・感想)
     TRPG(プレイング技術の提案)
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