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Fateネタバレ感想(8) -セイバールート その6-

前回までの流れ
 セカイ系について (1) (2)
 Fateネタバレ感想
  序論 (0) (1) (2)
  セイバールート (3) (4) (5) (6) (7)


 セイバールート詳細解釈、中盤その3。

   「他人のために」を貫いていたはずの士郎とセイバーが、
   なぜ「エゴ」という対立軸で傷つけあわねばならなかったのでしょうか。

 この問いへの2点目の答えに向けて、まず前回では簡単にまとめていた「士郎の英雄としての台頭」、そして「投影魔術」を見ていきます。


 序盤その1で軽く触れたように、「相手をsaveしようとする2人の衝突」は早くも四日目から見られます。

  「シロウは私のマスターでしょう。
   マスターである貴方が私を庇う必要はありませんし、そんな理由もないでしょう」
  「な―――バカ言ってんな、女の子を助けるのに理由なんているもんか……!」

  「サーヴァントとして契約を交わした以上、私はシロウの剣です。
   その命に従い、敵を討ち、貴方を守る」
  「経過はどうあれ、これは俺が始めると決めた戦いだ。だから――――」
   俺の代わりに誰かが傷つくのは、違うと思う。
              (セイバールート 四日目午前『セイバー(I)』)



 けれど四日目と十四日目とを比べたとき、saver(=英雄)であろうと努力する士郎の姿勢にはあまり変化がありません。むしろ変わったのは「セイバーの認識(=士郎をどう見ているか)」の方です。

  「貴方は―――シロウは、私と似ています。だから貴方の間違いも判る。
   このまま進めばどうなってしまうかも、同じだから判ってしまう」
             (セイバールート 十二日目深夜『セイバー(Ⅲ)』)

  「―――シロウなら、解ってくれると思っていた」
              (セイバールート 十四日目夕方『橋上の別れ』)


 ここでセイバーは「私と同様に"より良いsaver"になろうとして、士郎もいつか挫折するだろう」と考えますが、この考えは「士郎は既に"saver"の1人であり、その力を更に高めるだろうことへの確信」を前提として初めて成立するのです。

 この認識の変化の根拠を「巨人(バーサーカー)殺し」の偉業とその決め手である「投影魔術」に求めるのは、ごく妥当なところでしょう。


 投影魔術によるカリバーンの再現と、カリバーンによる王の選定。中盤その1と同様にこの2つの対比もまた、士郎とセイバーとの類似を示しています。
 とりわけ今回の例であるカリバーンは、セイバーの最初の偉業を象徴するものです。「カリバーンを抜いたアルトリアと現在の士郎は、saver(=英雄)として同じレベルにある」とセイバーが認識した。こう想定することで、セイバーの行動がすっきりと説明できるようになります。



 では、続いて「投影魔術」について、特にその象徴性について考えてみましょう。

 まず考えられるのは、投影魔術の師であるアーチャーの存在です。詳細な検証は凛ルートに回しますが、その体得過程はどのルートでもほぼ共通しており、ルートの特色をそこに見出すことは難しいでしょう。

 ならばここでは「どんな宝具が投影されたのか」に注目してみます。
 凛が説明する「投影魔術の一般的な使用法」に比べて、士郎は「宝具ばかり投影している」のです。

 英雄の象徴である宝具、「貴い幻想」を再現する投影魔術、士郎の憧れるまぶしいもの。
 ルートによって「投影されたもの」が異なるならば、それらの傾向の違いが、そのルートにおける士郎の内面、とりわけ憧れや理想を推測するための有力な根拠となるはずです。

 セイバールートで投影されたものは、カリバーンとアヴァロン。どちらもセイバーが所持していた宝具です。


  「……ああもう、てんで分からないよ切嗣。
   一体さ、何をすれば正義の味方になれるんだ」
   その肝心な部分が、この五年間、ずっと掴めないままだった。
             (セイバールート 一日目深夜『鍛錬(魔術回路)』)


 士郎の憧れである正義の味方。
 その「具体的なイメージ=理想像」は、五年前の切嗣の死によって、ずっと不在のままでした。「現在の士郎」と「正義の味方=切嗣」との差が大きすぎて、次のステップ・目標を見つけられずにいたのです。

 そんな士郎にとって、セイバーの在り方は模範としてハマったのだと思います。加えてバーサーカーという切迫した難敵があり、セイバー以外の助言者として凛とアーチャーの2人がいました。セイバーという目標に向けて、このうえない速度で走る条件が揃ったのです。

 これをひとまず、「士郎の英雄としての台頭は、動機において"セイバーの存在に全面的に支えられていた"」とまとめてみます。

 それによって「投影魔術」に成功し、「巨人殺し」を成し遂げました。士郎は、セイバーと肩を並べて戦うだけの力を身につけたのです。

 ここまでの過程をもって、2つ目の答え「士郎が成長したこと」とします。


 よく似た2人が一緒にいるということが、当の2人にどんな影響を及ぼすのか。
 セイバールートでは、このトピックを「2人の英雄」という形態で、見せてくれます。


 シナリオを短絡的にまとめないためにルート上の時間軸をあちこち往復しましたが、
 「わかりやすく結論を言ってくれないまま、長文を重ねられても
  全体としてどこが重要なのか判んなくなっちゃうよ」
 と思った方も多いでしょう。
 次回で、序盤から中盤までを時間軸にそって、一度まとめるつもりです。
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TRPG議論バトン(オモロバトン)

白河堂さんのところで見かけたので、バトン拾ってみます。長文ご容赦。


■Q1.2006年(1月から12月)は何回ぐらいTRPGを遊びそうですか?
 大学サークルからのほぼ固定メンツでやってるので、3~4回できれば御の字。暦どおりに休みが取れない人が多いので。


■Q2.今年はどんなTRPGでGM(DM,ST,RL等)をしそうですか?
 Q1の環境なので、「この新システムをやり尽くそう」みたいな目標はもう持てないですね。「新ルールのお試し」に参加するか、慣れたシステムでやるかどちらかでしょう。かつてのメインは、天羅万象(旧・零)です。


■Q3.今年はどんな論考(コラム,雑記等)を書きたいですか?
 「世界-実体-行動」で記述するシステム群と、
 「自己-認識-動機」で記述するシステム群との関係。
 なかばTRPG総論です。


■Q4.マスターの醍醐味ってなに?
 セッションの責任を1人で負うところの義務と名誉。
 FEAR系では、Q6のハンドアウトを始め、GMの分担を減らしてPL側の分担を増やしているため、ちょっとズレてきている気がしますが。


■Q5.上級者ってなに?
 広義には、自分の理想像。
 狭義には、理想を段階化したものの一部。


 RPG日本での議論は、少しだけ読みました。
 問題のフレーム整理の巧拙は、議論の収拾への影響が大きいですね。

 会社で例えてみます。
「経済モデルにおける会社モデル」を、学生は学校で勉強します。
 (専門的な事例研究は、大学からなので少数派として除外)
「この会社」の個別的な条件を、新入社員はまず覚えます。

 モデルにはモデルの長所が、事例研究には事例研究の長所があります。この2つの関係をどう把握し、どう利用するか、それが実際に求められる判断のポイントになるわけです。

 全体レベルで考えても、
  (a)分析モデルの構築
  (b)規範モデルの構築
では、答え方が変わります。とりわけ(b)では「規範の領域と、個人の領域との境界の定め方。その距離感の取りかた」という問題が絡んできます。

 質問者個人のレベル(個別の条件に合致する答え)で考えても、
  (c)自分の理想像の具体化
  (d)自分が理解できない、他人の行動モデルの把握
では、また答え方が変わるでしょう。

 一般性を求めて他人の異論と妥協を重ねれば、自然と抽象的な結論になります。しかし、その結論が「質問した意図を汲んでいる」ものになっているか。その点を誤ると「目的を見失った空論」と言われることになりますので、自戒をふくめ留意したいところですね。

 以上、「問題の整理」の仮想演習で、質問への答えに代えることにします。


■Q6.ハンドアウトってなに?
 概念としては、物語におけるPLへの役割分担。
 具体的な場面を見せることでシナリオ参加へのモチベーションを誘引しつつ、見せ場の適切な分配を保障することでPLの競合を回避するためのシステム。

 また「GMが紙に書いて、PLに手渡す」という形態は、キーアイテムに象徴を宿らせるのと同様に概念を視覚化・固定化するファンタジーの表現技術の簡易なそれでしょう。

 強制の可否については、守るのが原則だが例外も認めます。
 使用法が安定した状況では、「もっと良い使い方はないか」と挑戦する欲求が多少なりとも育ってくるし、たまには成功率の低いトライをして限界を確認したくなることもあるでしょうから。
 ただその場合には、その他の要素での無茶を排して安定させ、全体のバランスを取るようにすると、本題としての「挑戦」が引き立つと思います。


■Q7.TRPGは人生の役に立つ?
 TRPGの時事ネタではあります。が、わたしはむしろ数年前に話題となった、「人を殺して何故いけないのか」という質問を思い出しました。

 こういう質問にマジメに回答しようとする姿勢には、回答者の誠実さが感じられて、個人的には大好きです。
 でも質問者がそのマジメさを嘲笑する意図で質問してたら、その誠実さはむしろ事態を悪化させるほうに機能してしまう面もありますよね。質問文が誘導尋問っぽいのも引っかかりますし。

 ですので、質問者には以下の質問で返すことにします。

「仮に、役に立たないものだとします。
 役に立たないものについて他人に質問し、答えを聞く作業は
 あなたの人生の役に立ちますか。立ちませんよね。」


 質問とは「回答者という立場、当事者の立場に相手を立たせる」行為であり、回答者は気づかないうちに「神の審判」じみた立場を引き受けてしまうわけです。
 回答者が当事者なら、質問者もまた当事者です。
 質問を装った悪意であるなら、そのまま質問のまま問い返すのがひとつの筋。

 以上、この返答の元ネタは、禅の公案「南泉斬猫」でした。
 先人はありがたきかな。


■Q8.ゲームタイトルは隠す?
 これは時事性もないし、ネタでしょうか。
 タイトルを隠す意図があったとして、まったく想像できませんし。


■Q9.貴方が参考にするTRPG関連書籍、ネット文書を挙げて下さい。

 ScoopsRPG馬場秀和のマスタリング講座
  かつての仮想敵。コラムの「都萌え」は、いまだ真意が読めません。

 平田オリザ『演劇入門』『演技と演出』
  演劇は役者の身体を基礎とする表現で、言葉を基礎とするTRPGとは基本的に別の表現です。
  しかし「想像力を喚起させて収束させるまでの間の取り方」「自然な導入と演劇におけるリアリズム」など、演出の具体的なポイントで参考にすべき点が多いです。今回の中では、もっとも一般的にオススメ出来ます。

 大塚英志『キャラクター小説の作り方』ほか多数
  わたし自身は、かなり参考にしてます。
  ですが、TRPGに向けたものではなく、作者の意図がわかりづらいのもあって、教科書的なテキストとしてはオススメ出来ません。自分のTRPGスタイルを身につけてから「別メディアの表現論」として読むと、刺激があってもっとも面白く読めるかと思います。
  最近読んだ、石川忠司『現代小説へのレッスン』、伊藤剛『テヅカ イズ デッド』なども同様に「別メディアの表現論」としての面白さがあると思いますね。


■Q10.オモロだと思う人にバトンを渡してください。
自分のところからは勝手に拾ったものなので、
すでにバトンじゃなくてトラックバックに変わってます。
どなたでもどうぞ。

年始のあいさつ

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 年始からずっと更新せず、結局1月はまったく更新なしという状況。恐っ。

 といっても、サボってたんじゃなくて、関係ありそうな本を読み漁ってました。関連する本を読み漁るだけで、時間はあっという間に過ぎていきます。

 大塚英志の民俗学(神話の構造分析)から、構造主義、ポストモダンの問題系、波状言論『美少女ゲームの臨界点』のエロゲ批評、ファウスト系の文学批評。関連性の有無という絞りを入れても、これだけの数を並べてその1つ1つ(作者1人1人)を自分の中で再構築する作業は、正直しんどいですね。


「なにが楽しくて、おっさん連中のトラウマを引き受けなくちゃならんのだっ。」

という不毛な気分になれること請け合いです。自分の立場を掘り下げて覚悟を決めておくための思想戦の練習・シャドウボクシング、そう思えば全くの無駄ではないのですが。
  

 とりわけ、大塚のオタク批評と基本的立場をおなじくする波状言論の批評は、どれもフェミニズム的な空疎な視点に偏りすぎていて、読むに耐えないものでした。理想としては具体性に欠け、幻想としてはロマンのかけらもありません。

 大きな物語(≒社会進化論)が現実的に機能したとするならば、
 それが機能したのはマクロな政治の場面であったはずです。

 しかし、大きな物語の喪失にいま切実に怯えているのは、
 幻想で生計をたてている作家やメディア関係者、
 思想(≒信仰)にのめり込んだ一部のインテリなど、
 現実政治を批判するために幻想に関わる人達だけ、という感覚がわたしにはあります。

 理念と現実との役割分担とか、虚構と社会との役割分担とか、
 幻想を再構築しようというビジョンが持てないうちは、
 批評なんてやらない方がきっと幸せになれます。
 体系の構築を捨てて相対主義に甘えてるようでは、
 モダンの覚悟と倫理に負ける一方だと思いますけどね。


 最後に、面白かった本の紹介。

石川忠司『現代小説へのレッスン』
 村上龍と村上春樹、J-ブンガクなど、どれもわたしには馴染めなかったのだが、この本を読んで「その共感できなさ」の根拠がよく判った。石川の問題もわりと平易に伝わる。
 大塚英志が江藤淳の批評のなかで「村上春樹には内面がない。けれどマッチョへのナイーブな感度はある」と矛盾した評価をしていたことにも納得がいった。

高田明典『世界をよくする現代思想入門』
 ポストモダン全体の地図として、大変に助けになった。果てしない神学議論に入るには、こうした地図が必要だと思う。
 関心の高い少数のマニア(=専門家)と、関心の薄いその他大勢への言葉。具体的な個人に向けられる言葉と抽象的な集団への言葉。そうした使い分けは本来は当然必要なもので、ポストモダンが"実践"を標榜するなら尚更である。その点で基本姿勢を見失わない著者には好感が持てる。

(2月13日 書き忘れを追記)
 カテゴリーに、ネタバレ感想『Fate/stay night』を追加しました。
 まとめ読みしたい方は使ってみて下さい。
プロフィール

牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
    主な関心領域
     エロゲ(分析・感想)
     TRPG(プレイング技術の提案)
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