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わたしにとってTRPGは、こういうゲームです

回転翼さんの記事白河堂さんの記事に触発されて。


『白詰草話』というゲームの中で、こんなセリフが出てきます。

「『経験に勝る信仰無し』というやつだよ」

「どんなに不条理で 信じられない理屈であっても
 経験してしまえば 認めざるを得ない
 そして 経験という信仰は
 どんな正論でも 論破できないものだ
 そうではないかね?」



考えるべきことは、そんなに多くありません。

 「敵はなにか」「理想はなにか」ということ。
  動機のベクトルの方向づけ。

 「解決できるか」「解決のために、獲得すべきものはなにか」ということ。
  技術・方法の選択。


TRPG論は、TRPGセッションのためにあります。抽象化した概念は、具体的なケースで実践され反証されることで磨かれていくのです。

原点に戻って、シンプルな問いに変えましょう。
「どんなTRPGセッションをしたいですか?」
「そのために、あなたは何をしますか?」

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プレイ人数と、プレイ期間

初のトラックバックをALFREDさんから頂きました。
せっかくなので、ジークス島戦記フォスロード伝説をちょっと拝見。

小規模のMMO。2年ぐらいの期間で、PBWのように世界観の更新。
(世界観のチェンジと同時に、PCは入れ替えするんでしょうか)
交流重視で、数百人を相手にGMになる。
うわー、これは大変そうですね。

ファンタジー世界の日常を過ごす、あるいは架空の人生を生きる。
そういうのが好きな方達なんでしょうね。


ううむ。わたしはTRPGに寄りかかりすぎなのだろうか。

人数が限定されたパーティを組んで、
1セッションごとにメリハリをつけることができ、
その連続でキャンペーンに出来る。
やはり、TRPGは楽なんだと思いますね。

TRPGの推奨人数が4~6人であることは、
この先ずっと変わるまい、という確信があります。
リアクションへの期待と、とるべき責任と、どちらも実感できる。
推奨人数はその限界なんじゃないかなあ、と。

適当ですが、こういう式でわかってもらえるでしょうか。

 PLのモラル=GMの仕事量/総PL数
  (モラル:責任感、義務感 仕事:リアクション)

人数が多くなるほど、無責任になりがちなんですよ。
もっとも、無責任だから気楽でいられる、気負わずに楽しめる、という人たちもいると思います。この辺りは、もう相性としか言えませんけどね。

公案「首ナイフ」について

Scoops RPGのコラムニスト、回転翼さんの記事についてです。

>悪党が人質の首筋にナイフを突きつけた。PCが大人しくしなかったから、GMはナイフが首筋に刺さり人質は即死とした。だが、ゲームの数値修正に従えばナイフでは人を即死できる威力はない。さて、どうするべきか……これが「首ナイフ」です。


1、「数値修正のアンフェアさ」について

意志決定で、この問題を整理してみて下さい。

「多くの武器があって、どれも一長一短であれば、葛藤が生じて楽しい」のです。即死効果というものは、武器によってダメージの大小がある、それに応じて価格も決まる、ということを無意味にしてしまうから、認められないのです。もし認めたとしても、それは「ナイフという名の伝説の武器」に本質が変わってしまうのですから。

フェアとはゲームを面白く運用できるかという問題を見つけるための要素であり、ここでのリアリティとは、ゲームバランスへの不満をどう言いつくろってセッションを再進行させられるか、というセッション修復の要素でしかありえないのです。


例として、わたしがGMになって『PCに引き下がらせる』ために、いくつか方法を考えてみます。

(1)戦闘ルールの中での処理その1
 人質NPCのHPを低く設定することで、ナイフのダメージでも殺すことが出来る。

(2)戦闘ルールの中での処理その2
 クリティカルによって、ナイフのダメージを増やすことが出来るなら、「低確率が起こった」という条件つきで殺すことが出来る。

(3)戦闘ルールの外での処理その1
 戦闘ルールで処理するならば殺せない、という点は認める。しかし、どの時点で戦闘ルールに入るかはGMが任意に決められるから、戦闘ルールに入る前の時点で殺すことが出来る。

(4)戦闘ルールの外での処理その2
 戦闘のルールはPC間での公平さを定めたものだから、「PCとNPCも当然そのようにすべきだ」という主張は、ルール処理を拡張しすぎている。

逃げ道なんて、どうとでも作れるんです。
ダメージの数値は、HPとの相関関係の中でしか意味を持ちません。
戦闘ルールは、PCと敵NPCが戦闘するためのルールですが、NPC間のダメージ処理にも適用すると明記してませんよね。
どうでしょう、納得できますか?

「ルール解釈では可能だ」と示されてまだ不満が残るのであれば、
その人にとっての本当の問題は、ルール解釈やリアリティなんかにはない、ってことだと、わたしには思えるんです。



2、ルール解釈の背後にある問題について

視点をかえて、わたしなりに問題をかみくだいてみます。

GMもPLも、各々のTRPG経験から「このゲームは、こんな感じ」というイメージを持っていて、「これくらいはしていいだろう」と期待している行動範囲がありますよね。

この公案が示しているのは、
「PCの行動しうる範囲内で脅迫をしてるんだから、それは『PCが阻止していいよ』というサインだろう」という期待と、
「位置関係がどうであれNPCの命がかかってるんだから『ここはPCが引き下がって再起を図ってくれ』というサインだろう」という期待のズレをどうするか、ではないでしょうか。

問題のありかは「こじれた問題で失われつつある、信頼とモチベーションをどう回復するか」にある、というのがわたしの結論です。



3、実際上の処理について ~セッション修復の提案~

残された問題は、実際のセッション修復をどうするか、です。

まず、それを見極めるにはどうしたらよいのか、と聞かれたら。
それまでのシナリオの流れ、それまでのPLたちの立ち回り方、GMの様子(困り具合)などから、「GMがなにをさせたいのか」を総合的に判断してください、とだけ答えておきます。


そして、セッション修復に対する、PLへの提案。

ルール破りをするような、そしてPL4人が反対するような状況を設定してくるGMは、たしかに未熟です。しかし、それが明らかになった状態では、いくらPLが「ルール通りやれ」と言っても、GMにそれを修復する技量がないのは明らかです。「GM対パーティの競争ゲーム」という理想は、もう崩壊しているのです。

じゃあ、それを知ったPLはどうすればいいんでしょうか。簡単です。GMができないなら、PLが折れてGMの意図どおりにセッションを修復するしかないのです。

未熟なGMといえど、PLの不機嫌さはわかります。ならば、説教はセッション終了後で十分なのです。実際にセッションを修復してみせれば、GMもPLに敬意をはらい、自分の未熟さを知って素直に頭を下げやすくなるのではないでしょうか。

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最初の一歩

ブログ始めてみました。

ウェブサイトとブログ、
それぞれ良いところがあると思います。
そのうちにウェブサイトも用意して、
用途にあわせて使いわけていきたいなあ。
プロフィール

牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
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     TRPG(プレイング技術の提案)
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