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コスティキャンと馬場理論について考えてきたこと

ScoopsRPGのコラムについて、高橋志臣さんから今月に入って2度ほど(その1その2)評価を受けたんですが、どことなく齟齬を感じたので、態度表明のようなものを書いておきます。
(あちらのコラムには載せられないくらい理屈屋として突っ込んだものです。「高橋さんと対話orディベートして解決したい」という事柄でもないので、とりあえずメモということに)

1、わたしが高橋『批評用語』に辛い理由について。
 A、構造論が表現できない理論的問題
 ・コスティキャン・馬場・高橋(イマジナリィボード)は、共通の用語を使っていてもその構造がはっきり異なる。わたし自身はそれらを個別に評価しているものの、それを用語単位で並列にまとめてしまっては、判る人にしか判らないものになってしまう。(これは余談だけれど、視点変換に弱いわたしはしばしば悪酔いしてしまう)
 B、(Aに目をつぶった上での)言語ツールとしての実用性の問題
 ・理論などの体系は、ローカルな言語を覚えるのに近い(とわたしは思う)が、解説した言葉をさらに解説しなくてはならない事態が既におかしい。この意味ではxenothさん高橋さん自身も書いてるので繰り返さない。
  もしこれが「TRPG理論を追いかけたい人=(わたし含む)少数のマニアな人々」に宛てられたものなら、それこそ原文に当たってナンボなのだから、ニュースサイトよろしくトピック別にタグとリンクだけで済ますべきだっただろう。
(わたしの批判は、「(言語)形式の実用性」に宛てたものである)


2、コスティキャン・馬場・高橋に共通する記述形式について。
A、定性分析のみで定量分析に欠ける。かつ直観形式のため(目標の多層構造など一部を除いて)構造の詳細に入れていない。
 ・論拠や実例など基礎づけのない「言い切り」なので、賛否あるいは批判・拡張にせよ手がつけにくい。
  つまり、コスティキャンの概念を対象化して検証できない(=反証可能性に欠ける)。

 最近わたしが手をつけている、迂遠な形での「コスティキャンの対象化」「システム(=資源の体系)への定量的なアプローチ」は、以上の形式的分析にのみ拠る一貫した姿勢から来ていて、狙いはコスティキャンとの相互基礎づけにある。それによって、目的・手法に関わらずTRPGについて自分で考えたい人への一助になれば良い、と思ってコラムを書いている。

theme : TRPG
genre : ゲーム

comment

Secret

>コスティキャンの概念を対象化して検証できない(=反証可能性に欠ける)。
とのことですが、コスティキャンのゲーム論は反証可能性を持つ仮説の形をとってますよ。

>全てのゲームは「意志決定」「資源管理」「目標」を持っている。これは「チェス」「セブンス・ゲスト」「スーパーマリオ」「バンパイア:ザ・マスカレード」「マジック:ザ・ギャザリング」 「ルーレット」の全てに共通する。これこそが「ゲーム」の定義なのだ。

どうもこんにちは。はじめまして。

> コスティキャンのゲーム論は反証可能性を持つ
でしたら、どうぞ具体的に反証してみせて下さい。反証が実際に出されて理論や概念の枠がより明らかになる、そうした発展のプロセスを機能させるのが本来の進め方なのです。わたし自身チャレンジしましたがいずれもモノにならず、そのため次善の策として回り道をしているところでして。正面から反証して頂けるなら歓迎しますよ。

お返事ありがとうございます。

反証可能性を持つ仮説とは、反証するチャンスを与える仮説のことです。コスティキャンのゲーム論では、彼の提示した3つの要件のうち1つでも欠けたゲームを提出すればこと足ります。
反証された仮説とは、否定された仮説のことです。反証可能性を持ちながら反証を提出されない仮説とは、つまりよくできた仮説なんですよ。

参考URL
ttp://www.qmss.jp/interss/01/materials/cois/matsu5.htm

こんにちは、ちょっと整理させて下さいね。

第一に、元記事の主旨は「馬場・高橋はコスティキャンの概念を細分化して議論を進めようとしてきたが、2者間での関連についての論証を欠いている。そうした一足飛びはある種の名人芸に陥りやすく、論証を欠いている以上は反証可能性が与えられないため論の蓄積・発展が見込めない。その原因を辿ると記述形式でコスティキャンを真似た時点にあったのでは」というものです。コスティキャン・馬場・高橋をそれぞれ評価している上で、その関連についての論証のなさを問題視して「反証可能性に欠ける(=してない論証は検証できない)」と表現しました。

第二に、コラムでも言ってますが「コスティキャンはゲーム一般論であり、多数のゲームをサンプルとして抱える以上は大雑把にならざるを得ない。TRPGという限定されたサブジャンルを論じるには、より細分化された概念の定義が必要だ」という点で高橋さんとわたしは一致していまして、その細分化の前提として「反証」を必要としています。
ゲーム一般からTRPGへ、大雑把なカテゴリーから詳細なカテゴリーへ、目的も筋道も決まりきった話です。

コスティキャン単独の反証可能性の有無は、わたしの目的との接点が今のところないのですが。うーん、すれ違い。

そういうことでしたか。思うことがあったので、
そっちはScoops RPGに投稿してみることに
します。どうもありがとうございました。
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牡牛

  • Author:牡牛
  • 物語る技術(コンセプト、シナリオ、構造、演出、表現ほか)について、分析・提案するブログ。
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